1月末のある日、寒空の下、青山通り沿いを表参道駅に向かって歩きながら、考えさせられることがありました。

青山学院大学で准教授を務める高校時代の同級生の誘いで、彼の授業において、大学生たちと、グローバル人材について、ディスカッションをする機会がありました。

青学
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人弱の大学12年生たちにマイクを向け、彼らの意見を聞き、質問を受けるなかで、私自身とても刺激を受けました。大学の門をくぐり抜けながら、帰り道に深く考えさせられました。

高い意識で複数の質問を投げかけてくる学生もいれば、階段教室の後ろのほうで、退屈そうに、目を伏せている学生もいる。

クラスルームでマイクを握っている自分は、一瞬そういった学生に、残念な気持ちが湧きました。

でも、私は、そんな学生たちに大いに共感できます。
自分の大学
12年生当時を振り返ってみると、彼らを批判する権利もないのです。帰り道に、自分の学生時代を思い返して、強くそう思いました。

偶然にも、その数日後に、大学入学直後に参加をしたサークルの仲間で、その後一緒に幽霊部員化した同志たちと再会する機会がありました。

「俺たち、大学12年のとき、何をやっていたっけ?」という話題で盛り上がりました。もちろん、授業は休むし、サークルにもでず、体育会に打ち込むわけでもなく、それでも飲み会やらで忙しい学生生活だったと記憶しています。 

最近の学生は、内向き志向だとか、元気がないとか、批判の声を耳にします。
自分も、ついつい、そういう議論に加わってしまう。

でも、ふと振り返ってみると、学生を批判する権利は自分にあるのだろうか? 

もし、今の学生が、自分たちよりも、内向きで元気がなくなっているとすれば、そんな社会を作っているのは誰だろう? 

そして、実は、
私がこの日感じたことは、内向き志向というよりも、学生の二極化が進んでいるということです。
意識の高い学生の目は鋭い。

年功序列の社会に反発していた自分も、ふと気づくと居心地の良さを感じる年になってきました。
そんな社会を変えずに加担しつづけた張本人なのではないか?

2014年、改めて考えさせられる1月を過ごしました。